ブログ褒められるの嬉しい

「ブログ読んでるよ」とか「文章好きだよ」って言われるの、最近増えた。アクセスもちょっと増加傾向。嬉しい、ありがとうね。

公開できる程度は自分の文章を面白いと思ってるけど、あるいは多少面白いと思えるものしか公開しないけど、飛び抜けて素晴らしいとは当然のように思ってない。でも、本心だろうとリップサービスだろうと「面白いよ!」って言ってもらえるのは、すごく幸せ。それに、走るの遅くても趣味でマラソンしてるうちの親みたいに、自分が特筆すべき点のない文章をこうやって書き続けていたって、いいよね?の気持ち。

 

先日、なんでブログ書いてるの?Twitterでよくない?って仲の良い人に聞かれた。正直よくわかんない。以前にもちらっと言ったとおり「誰かに褒められたい」ってのはあるんだろうし、多少は「現状」に共感してほしい気持ちもあるんだと思う。思考や、嫌なこと含めた記憶の整理だったり、大学中退によって道を閉ざされてしまった(バイオ系)研究職への未練もある。いつか本格的に何かを書きたいから、その練習もあるのかも。とりあえずは書くのも感想もらうのも(柴犬さんコメントいつもありがとうv)、楽しいから続けるつもり。何度か書いてるけど、まだFlashゲームが人気だった頃に紹介ブログをやってて、一日に数千アクセスあった。今は一ヶ月でもその半分程度。でもいいんだ、今のほうが楽しい。

 

珍しくスマホで書いてる。スマホの小さい画面からだと、上の文章が目に入らないから頭に浮かぶことがふわふわ取り留めなく書かれる気がする。いつもはPCで投稿したあと携帯で見直してるんだけど、表示のされ方で文章の印象が凄く変わるなあと思ってた。これも大きな画面で読み直したら、全く違う雰囲気を受け取るのだろうか。

文章がふわふわするのは、寝不足や疲れもあるのかも。相変わらず心身は追いつめられている気がする。昨日の夜、久しぶりにお酒を飲みすぎて、朦朧としながらトイレで泣いた。涙の跡を隠すために顔洗ったりして。色々あって実家に帰ってきてるけど、こんなに辛いと思ってなかった。親の優しさに余計神経を擦り減らされている日々。再受験のことすら最近は口に出されなくなってきて、でも、リビングに組み立てられた参考書のピラミッドは、どこにも消えない。

 

こんな話にするつもりじゃなかったので、戻す。高校時代に文藝部を、周りの白い目と教師たちの反感の中、立ち上げた。その頃作った文藝誌を部屋で見つけた。「清狂」を掛けた『星響』ってタイトル。内容はまだしも、題だけは気に入っている。まだ進んでない合同誌の話、絶対実現させるからな、合同誌が無理ならうち一人で書いてつくりたい。そのために、今日も生きないと。

 

そろそろ親に「起こされる」時間。母親は相変わらず「おやすみ」と「おはよう」の間に一睡もしていないことを、知らないでいる。