21gのとしょかん

ながいながい遺書

クリスマスはキリストの誕生日じゃないと言いたかったけど、やっぱりそうかもしれない

いい?よく聞いて?12/25はキリストの誕生日じゃないから。ちょっとそこんとこ間違えないで。この話は割と有名だと思ってたんだけど、この時期半分ネタツイで「ハッピー・バースデー・キリスト!」とか言ってるの見飽きていらつく!

って言おうと思ってたら、案外そんな単純な話でも無かったので、記事にする。いつも通り最初にまとめるね!

 

まとめ

12/25を「キリストの誕生日」とする記述は新約聖書には直接出てこない。この日付は冬至に行われていた異教の祭とあわせるために恣意的に決定されたと言われることも多い。しかし、この「異教由来」説の根拠が弱いのも事実である。他説としては受胎告知日と磔刑日をNisanの14日すなわち3/25 or 4/6と見なし、これより9ヶ月後にあたる12/25 or 1/6を「キリストの誕生日」と見なすものがある。

*この記事を以て個人の信仰を批判したり、ここに書かれていることを唯一の「真実」とし他を排したりする考えはありません。また、筆者はキリスト教徒ではありません。

 

 

本論

聖書による「キリストの誕生日」

まず、12/25がキリストの誕生日である直接の証拠は新約聖書中にない。つーか、反する記述もあるくらい。良く例に挙げられるのがルカ2:8で、この記述によればキリスト誕生時には羊が放牧されてるから冬ではないだろ、とか。

その上で、「じゃあ実際の誕生日はいつなの?」となると、外典含み聖書外でも(すくなくともうちが信頼できると思う)情報は少ないみたいで(e.g. McGowan)、わからん。生誕時に出てくる『ベツレヘムの星』が具体的に何かの考察を通してしてキリストの生年月日を予想しようとする研究はいくつかあるみたいだけど(e.g. M.R.Molnar)、個人的には聖書の記述が100%歴史通りという立場を自分はとらないからあまり興味はないし、同様の理由から「生れたのが冬でない」とするのも特に賛同はしない。興味ある人は英語版wikipediaにベツレヘムの星が実際はなにかという項があるので、どうぞ。

 

クリスマス異教由来説

キリストの誕生日は十二月二十五日じゃないっぽい。じゃあなんでクリスマスは十二月二十五日なの?って話なんだけど、まず、そもそも1/6(付近)に祝う地域もある。一応欧米では「公現祭」としてこれを別に祝うんだけど、例えばロシアのクリスマスは1/7だよね。この話あとで重要になるのでめも。んで、25日の方だけど、よく言われるのが「異教由来」説。以下、HISTORYの記事をまとめます。根拠としては弱いけど、うちが知ってる話とも一緒だし、どこも引用文献なしで書いてるので:

古来より、ローマでは冬至ごろnatalis solis invicti(敗北を知らぬ太陽の誕生;すなわち冬至)の祭や収穫の神サタヌスを祝う祭が大々的に行われてた。同時代に古代ペルシアの光の神を崇拝するミトラ教もローマ軍では流行っていたが、これもまた冬至に重要な祭儀を行っていた。312年、コンスタンティヌス帝はキリスト教徒となりキリスト教を公認したが、この頃、ローマ市民が改宗しやすいようキリスト教でも冬至に祭儀をすることとした。

この際教会が使ってたかも知れない「冬至頃にキリストが生まれた」の論拠:『世界は春分頃に作られたのだから、この時期に聖母マリアはキリストを授った。そして約9ヶ月後、12月25日にキリストは生れた』[初出不明]。

[参照:Christ is born? - HISTORY]

同様の記事はググればいくらでも出てくる。うちの大嫌いなGIGAZINEにも記事があった。まあ、相変わらず無茶苦茶で、福音主義者がアップロードした恐らく自主制作のドキュメンタリーを転載してる『アメリカ倫理の崩壊』というブログの翻訳記事だけど→クリスマスは元をたどるとイエス・キリストの誕生日を祝う祭りではなかった - GIGAZINE

「クリスマス異教由来」説を理由に、クリスマスを「異教の祭」とみなして否定する話はわりとよく聞いたことがある。うちはクリスマスに反対はしないけど、昔教えてもらった「クリスマスはキリストの誕生日ではなく降誕そのものを祝う日」ってが自分の中でしっくりきてる、日本キリスト教協議会による『キリスト教大事典』の「クリスマス」の項にも同様の記述があるらしい。少なくとも12/25はキリストの誕生日では無いんだから、「ハッピー・バースデー・イエス・キリスト」とかツイッターに投稿しちゃうのはやめーや、って言いたかった。

 

クリスマス異教由来説への反論

で、ここまでで記事を終りにしようと思ってたんだけど、反論を見つけてしまった。ので、以降は半ば間違えたことを主張しようとした自分への戒めも兼ねて書く。以下、この記事を参考にします:How December 25 Became Christmas - Biblical Archaeology Society。これはMcGowan., A. (2002)."How December 25 Became Christmas". Bible Review.の転載らしい。

広く言われる「異教由来」説、実は文献を漁ると、冬至とキリストの生誕を恣意的に結びつけたとする論拠が見つからないらしい(だから引用文献つけてほしいんだよ)。それどころか、同記事によれば312年(ミラノ勅令)以前、早ければ250年頃にはすでに12月25日を祝う例があったとか(e.g. ヨハネ・クリソストムのIn Diem Natalem)。キリスト教が公認される以前、例えばディオクレティアヌス帝の弾圧を受けていた頃は、異教の影響は多少受けてたにせよ、それらと距離を置こうとしてたはずなので、キリスト教徒たちが積極的に冬至を祝っていたとは考えにくい。ようやく異教の儀礼を積極的に取入れるようになったのは、4世紀半ば以降(そいえば「十字架」が取入れられたのもたしか4C末頃だった気がするけどそれはいつか)。

確かに、クリスマスは世界へ広がる途中で異教の「冬至」の文化に影響を受けている。例えばクリスマスツリーはケルトの文化由来といったように。でも、「クリスマス」の由来は異教の冬至祭ではないんじゃないかって話。

 

T. Talleyの説

じゃあ異教徒たちの冬至の祭を取り入れた訳じゃないなら、なんでクリスマスは12/25に祝われていたのか?:「キリストの誕生日と推測される日だから。」正確には、磔刑にされた日=受胎された日より計算される「誕生日」だから。

以下、引続いてBASに転載されたMcGowan(2002)によるLouis Duchesne説に基づくThomas Talleyの説、ごめん。まず、キリスト磔刑の日なんだけど、これはヨハネ19:14らへんから、過越Passover(出エジプト記念祭)の前日、すなわちユダヤ歴Nisanの14日(ユダヤ歴では日没で日が変わる)にあたると言われてる。正確には15日説もうんたらかんたらなんだけど省略。んで、テルトリアヌス『ユダヤ人反駁』(Tertullian, Adversus Iudaeos)によれば、Nisanの14日は3/25。一方、東方の古代マケドニア歴を使っていた地域では、Nisanの代りにArtemisiosの14日を祝っていたんだけど、これは現代で言う4/6。つまり、キリストの磔刑は3/25 or 4/6と考えられていたわけ。

その上で、磔刑の日が受胎告知とどうやら結びつけられていたことが様々な資料からわかるらしい。例えば、アウグスティヌス『三位一体論』では下記のように書かれてるし、絵画でもよく十字架を持ったあかちゃんキリストが描かれてる、といったように。すなわち、3/25 or 1/6にキリストは磔られ受胎された。

エスは受難の日と同じ3月25日に授けられたと信じられている。すなわち、彼の受胎されし聖母マリアの子宮も彼の墓も、彼より前にも後にも入る者はいないのである。しかし彼は、伝統に基づけば12月の25日に生れた。(アウグスティヌス『三位一体論』[訳:生存者ちゃん])

んで、日本で言う十月十日みたいな感じで当時信じられていた出産までの日数が、9ヶ月だったらしい。つまり、3/25あるいは4/6に受胎されていれば、誕生日は12/25あるいは1/6となるらしい。というわけで、この説によれば、クリスマスは確かにキリストの誕生日として祝われていたのが起源。。

 

個人的な「感想」

異教由来説のところで触れた、『世界は春分頃に作られたのだから、この時期に聖母マリアはキリストを授った。そして約9ヶ月後、12月25日にキリストは生れた』について、創世を昼夜の時間が等しい春分の日とする話は見たことある。これと過越との関連はわからないけれど、同じ春分であるし「テーマ」として重ねるのもわかるから、もしかしたらHISTORYの説はTalleyの説に影響を受けてるのかも。

Tallyの説は面白いけど、これに反論したり賛同したり出来るほど自分は神学に詳しくないのでわからない。実際のところ、どこまで冬至の祭が大きかったのかとかも知らないしね。ただ、もしこれを認めるのなら、これまで「クリスマスはキリストの誕生日じゃない」と言ってたうちよりも「クリスマスはキリストのお誕生日パーティー☆」って言ってる人の方が合ってたことになるのかぁ。。かなしみ。

これはもう完全に自分の「感想」で、別に押しつけるつもりも信仰への批判をしたいわけでもないんだけど、個人的にはPsalm 118:24だとかを根拠にキリストが受胎告知日を祝うのはわかるけど、出産された日を祝うのはよくわかんないので、やっぱり「降誕自体への祭」として考え続けてようかなと思った。そもそも「誕生日」をめでたいものとするのは、いつからなんだろうね、また調べよっと。「キリストはぴば!」とかやってる人たちは、まあ。。好きにしてくれ、もう文句言わないから。いずれにせよ、生物学系と違って論文が調べにくいし引用元が不明、またはあっても読めないので、とても大変だったわこの記事。あと日本語版wikipediaがけっこうむちゃくちゃ。誰か直して。

 

***繰返しだけど、あくまで非信仰者の立場から、広く祝われている催事の由来を調べた記事のつもり。クリスマス自体は内外から様々な感情を持っている人がいるのは知ってるけど、この記事では個人の信仰や信条に一切口を出すつもりもないし、一部の反福音主義的とも読める記述は、本記事の論点ではないと断った上で、本記事の論点に必要最小限だと思った範囲で書いた非信仰者である筆者の個人的な感想です。その上で、できるだけ中立立場から書こうとしたけど、気分害したらごめんね。***