21gのとしょかん

ながいながい遺書

【訳してみた】ラヴクラフト『ダゴン』

H.P.Lovecraft によるDagon(『ダゴン』; パブリックドメイン)。

原文、参考にどうぞ→ "Dagon" by H. P. Lovecraft

 

すでにDagonの訳文はいくつかあるので、参考にさせていただきました。底本として用いた書籍とともに、全て最後にまとめています。その上で、自分の解釈に合わせて訳したつもりだから、一応「自分の『ダゴン』」になったと信じてる。全部で7時間くらいだったかな、この前の邦題の愚痴よりも早かったのは笑う。訳しにくかったとことかをまとめて、別記事で訳注つきのものを公開する予定だったけど、だるくなったのでそのうちやるかもやらないかも。とりあえず自分の語彙が貧弱!貧弱ゥ!なのはわかった。

 

H.P. ラヴクラフトダゴン

訳:生存者ちゃん(SyKa)

 

 死の覚悟がもたらす恐怖と緊張に押し潰されながらこれを書いております。生きて今夜を迎えるつもりはありません。金は底をつきましたし、唯一の命綱であった薬もこれが最後です。もはやこの拷問のような生に耐えるすべはなくなったのです。はやく、この屋根裏部屋の窓からあの薄汚い通りへと身を投げるしかないのです。わたしはもうモルヒネ無しでは生きられぬようになってしまいました。ですが、だからと言って根性無しだの自堕落なやつだのとはどうか思わないでください。ここに書き散らした文章を読んでくださればわかっていただけますから。わたしが薬で記憶を飛ばすかいっそ死を選ぶかしかないその理由を、絶対にこの恐怖を理解していただくことなど不可能であるとしても、きっと察してはいただけますから。

 上乗りを務めていた定期船がドイツ軍の巡洋艦に襲われたのは、広大な太平洋の中でも特に陸から遠くて交通量も少ない海域を航海していたときでした。拿捕されたのが大戦初期だったのが不幸中の幸いでしょうか。当時はあの野蛮な海賊たちもまだ堕落しておりませんでしたので、船は彼らの正当な財産として鹵獲されながらも、その乗組員であるわれわれは海の捕虜として与えられるべき公正さと配慮を以て扱われました。その寛大さの証拠と言いますか、捕らえられてより五日後には、わたしは十分な水と食料を積んだ小さな舟に乗り込んで一人逃げ出すことができたのです。

 自由を実感できるほどドイツ艦より遠く逃れた頃には、もはや自分がどこにいるのかまったくわかりませんでした。元より天測はあまり得意ではないものですから、太陽や星々から推測できたのはおそらく赤道のやや南にいるという程度。経度については皆目見当もつかず、目の届く限りに島や海岸線もありませんでした。そんな海原を、晴天の下で何日も漂い続けました。船の姿が見える日を、あるいは生存できる程度の陸地に流れ着く日をただひたすらに待ち望み、照り続ける陽に灼かれながら流され続けました。しかし船も陸も現れることなど無くて。休むことなくうねり続けている紺青は永遠に続くように思え、救いの兆候すら無い毎日の中でわたしは絶望し始めていました。

 変化が訪れたのは、眠っている間です。何が起こったのか詳しいことはわかりません。悪夢に魘されてはいたものの、そのまどろみを中断されることはありませんでしたので。しかし、ようやく目を覚ましたとき、わたしは泥濘みの中にいたのです。ぬちゃりぬちゃりとした、地獄のような黒い軟泥でした。それは見渡す限りのどこまでも広がっていました。少し離れたところでわたしの小舟を埋めながら、単調に繰り返す規則的な起伏を示しつつ広がっておりました。

 この変わり果てた風景を前にして、わたしがまず感じたのは驚きであると思われるかもしれません。しかし、実際には驚くよりも先に戦慄したのです。大気にも饐えた土壌にも、骨の髄まで凍りつかせるような禍々しさが満ち溢れていました。腐敗し崩れかける魚やその他形状し難きものらが泥地より死骸を突き出し、吐き気を催させる屍臭で辺りを覆っておりました。そして全てを包む無音、その絶対的な沈黙と不毛なる静寂がもたらしうる恐怖は言葉で書き記せるものではありますまい。一切の音が聴こえず、黒き粘状の大地を以外に一切のものが見えず。怯えるべき対象すら存在しないはずなのに、その完全に静止した画一なる光景は、むかむかするほどの恐ろしさでわたしを圧倒したのです。

 そんな大地を、陽は遮られること無く灼き続けておりました。浮雲の一片も無き炎天はあまりにも残酷で、まるで足元の墨に似た泥を反射して黒に染まっているかのように見えたほどです。座礁した舟の陰へと逃げるように這い込みながら、わたしは自分のいるこの場所を説明しうる唯一の仮説に思い至りました。すなわち、これまでに前例を見ぬほどの大規模な火山活動によって、数百万年もの間計り知れぬ深さにて隠されていた海底の一部が突如隆起したのだと。そしてこの新たな陸地はとてつもなく大きいがゆえに、幾ら耳を澄まそうと押し寄せる波の音が聴こえることはなく、死骸を貪ろうとする海鳥の姿が辺りに現れることもないのだと。

 横向きに転がった小舟の齎すわずかな日陰に隠れ、わたしはそのまま数時間ほど思案に暮れました。黒い泥濘みは時間とともにその嫌なべたつきを弱めているようでしたので、しばらくすれば歩き回れる程度に乾くだろうことが予想できました。その夜は十分に眠ることなどできませんでしたが、足下が固まれば姿を消した海と救助の可能性を求めてこの陸地を横断するつもりで、翌朝には食料と飲用水を用意しました。

 三日目の朝になると、上を容易く歩けるほどに地面は乾燥しました。気の狂いそうな魚の臭いは依然として強く立ち籠めていたものの、それ以上の不安と恐怖を前にしては大して気にもならず、わたしは何が待ち受けるのかもわからぬ大地へと果敢に踏み出しました。うねる土壌の遠く彼方に小高い丘が見えたので、そこを目指して西方へと終日歩き続けました。夜には野宿をし、翌日もまた、あまり近づいたように思えぬ同じ小山へ進み続けました。麓へ辿り着いたのは四日目の夕刻です。近づいてみると、予想していたよりも遥かに高くまで昇る必要のあることがわかりました。丘の手前には谷が隠れており、遠くから考えていた以上に頂は遠かったのです。疲労困憊していたわたしにはそのまま登ることなどできず、その夜は丘陵の陰にて眠ることにしました。

 あの夜の夢が何故あれほどに狂気じみていたのかはわかりません。月が東に上がりきるより前に、わたしは冷たい汗に震えながら目を覚ましました。異様に太った、居待ちの月でした。その夜はもう眠るつもりはありませんでした。あのような夢は二度と見るに耐えうるものではありませんでしたから。それに、月の照る刻に起きてみれば、ここまで日中歩いてきたのが悔やまれたのです。最初から焦がしつけるような太陽を避けていれば、これほど体力を消耗することは無かっただろうに。日没時にはあれほど気が滅入った登頂も今ならそこまで困難でないように思えてきたので、わたしは水と食料の入った袋を手に取ると丘の頂を目指して歩き始めたのでした。

 以前にも書いた通り、うねり続けながら一様に広がる大地はわたしにとって言い様のない恐怖の源でした。しかし、それよりも一層の恐ろしさを感じたのは、ようやく辿り着いた頂より丘の向こう側に広がる渓谷へと、底見えぬ洞へと、見下ろしたときだと思います。まだ昇りきらない月はその漆黒なる深淵へ差しておらず、わたしは世界の果てから身を乗り出して永遠の闇夜が君臨する混沌の空間を覗き込んでいるような気がしました。恐怖にかすむ頭が『失楽園』を、反逆者サタンが無秩序たる闇の領国より這い出すのを、何故かふと思い出しました。

 月の高くへ昇るにつれて、渓谷の岩壁は想像していたほどの急勾配ではないことが見え始めました。比較的容易く降りられる程度に、岩棚や飛び出てた石が足場をつくっており、それも数百呎ほど下ればあとは緩やかな傾斜になっているようでした。わたしは説明のできぬ衝動に突き動かされながら、やや困難を伴いつつも岩場を這い降り、そしてその下に続くなだらかな坂へ降り立つと、未だ光届かぬ冥界の闇へと覗き込んだのです。

 真っ先に目を引いたのは、向こう側の斜面にそびえる巨大で風変わりな物体でした。百碼ほど先にすくりと立つそれは、ようやく十分な高さへと昇り来た月に照らされて白く輝いておりました。あれはよくあるただの大きな岩だ、なんて自分に言い聞かせてはみるのですが、同時にその形といい位置といい、自然の創りだしたものでないことは直観的に感じておりました。もう少しはっきりと見ようと、わたしは目を懲らしました。あのとき感じたものをどう説明したら良いのでしょう、岩が人工物にしては異常な大きさであることも、人類の誕生する遙か昔から、地球の幼年期からずっと深い海の底にて眠っていただろうことも理解していながら、なおあれはただの岩ではないと、あの巨大な物体は生き物の、それも知的な生物たちの緻密なる設計と細工に基づく、おそらくは崇拝と信仰の対象であったのだと、確かに判ったのです。

 眩暈と恐怖を感じながら、しかし同時に科学者や考古学者たちが覚えるような興奮に浸りつつ、わたしは辺りをより詳細に見渡しました。今や月は天頂近く、大地の裂け目へと続く絶壁の彼方高くにて不気味にしかしはっきりと輝いています。その光に照らされた渓谷の底で水が流れていることに、わたしは気づきました。どこから流れてきたのか、どこへ流れていくのかも見えぬほどに遠くまで伸びたその川は、渓谷の斜面に立つわたしの足下を通ってうねりながら流れています。崖の向こう側でもまた、あの単眼巨人に似た一枚岩の基部を洗うように波が揺れていました。その岩の表面は今や月影にはっきりと照らされ、何かしらの碑文と稚拙な絵が刻まれているのが見えます。碑文を成す象形文字はこれまで書物の中ですら見たことの無いもので、様式化された魚や鰻、蛸、甲殻類、軟体動物、鯨などからなっておりました。この怪奇なる文字のなかには、あの泥の荒野にて死骸を腐敗させていた、現代社会の未だ知らぬ魚介類の姿も混じっておりました。

 しかし、わたしの目をより強く引いたのは、彫られてある絵の方でありました。水の流れの向こう側にあってもなおはっきりと見えるほど巨大に、Doréすらもが嫉妬するような浅浮き彫りが彫られていたのです。描かれていたその生物たちはなにか海底の岩屋にて魚のように戯れていたり、同じく海中の一枚岩よりつくられた神殿に祈ったりしているようでありましたが、あれは人を、少なくとも人の一種を、描いていたのだと思います。顔や形状についてはあまり細かく書くのは辞めておきましょう、思い出そうとするだけでも意識が遠のいてゆきます。水かきのある手足、不自然なまでに分厚くだらりとした唇、硝子のように虚ろでぎょろりと飛び出した目玉、その他忘却の彼方に追いやりたいような特徴の数々、こういったPoeやBulwerにも想像し得ぬほどの奇怪さと不気味さを持ちながらも、その輪郭はヒトの身体と酷似していたのです。興味深いことに、これらの生物は何故か背景と縮尺が合わぬように彫られているようでした。自らとさして変わらぬ大きさの鯨を狩る一匹の絵もあったのです。これらの忌みじき特徴と異様な巨大さは嫌にひっかかったのですが、すぐに原始的な漁労民族が描いた空想上の神々なのだろうと思い至りました。この石碑は、ピルトダウン人やネアンデルタール人よりも前に滅んだ、そんな民族たちのものなのでしょう。どんな大胆な考古学者も想像だにしなかっただろう過去の遺物、それを偶然発見してしまったわたしは、月が目の前の静かな川に奇妙なる影を投げかける中にて、一人太古に思いを馳せていたのでした。

 そして、そのときです、わたしはみてしまったのです。穏やかな波紋以外の予兆なく、仄暗き水面より突如、あれが視界の中へぬるりと入ってきたのです。人食い巨人ポリュペモスのように大きく忌々しく、悪夢でしか見られぬ怪物の姿をして飛び出したあれが、醜い頭を垂れながら、規則的に奇妙な音を発しながら、鱗の生えた巨腕を石碑へ絡みつけるのを、みてしまったのです。たぶん、わたしはそのままおかしくなってしまったのだと思います。

 発狂しながら坂と崖を這い上がり、錯乱するままあの小舟へと駆け戻ったこと、正直これらについてはあまり覚えていません。走りながら何かをずっと歌い続け、それすらできなくなると馬鹿みたいに笑い続けた記憶が微かにあります。舟に辿り着いてしばらくすると激しい嵐が来たような気もします。いずれにせよ轟く雷鳴をはじめ自然が怒り狂う声のを聴いたのは確かです。

 意識が戻ったとき、わたしはサンフランシスコのある病院にいました。どうやらアメリカ人の艦長が大洋に漂うわたしの舟を発見し、そこへ連れてくださったそうです。正気を取り戻すまでわたしは何か口走り続けていたようですが、ただの譫言として誰も気にとめなかったことが後からわかりました。わたしを救ってくれた艦長らは、太平洋で現れたあの大陸については知らぬようでした。わたしもまた彼らのどうせ信じぬことを知りてなおその存在を主張するつもりもありませんでした。一度だけ、著名な民俗学者に連絡したことがあります。古代ペリシテ人の伝説に登場する魚の神「ダゴン」に関するわたしの奇妙な質問に対して彼は快く答えてはくれたものの、絶望的なまでに生真面目にすぎる学者であったのであまり深く質問することはしませんでした。

 あれがみえるのは、いつも決まって夜です。特に、あのときのように居待ちの月が輝いている夜。モルヒネに救いを求めてはみたのですが、薬のもたらす安息は刹那に過ぎ去るものでしかなく、そして濫用を繰返せばその果てにはモルヒネの虜とされた自分が残されただけでした。だからもう、全てを終わらせるしかないのです。そのつもりで、全てをここに書き記しました。いずれ誰かの参考となるかもしれないですし、そうでなくとも面白い嘲笑の種にはなることでしょう。今でもよく、全て幻だったのだと自分に言い聞かせようとすることがあります。ドイツ軍艦より逃げ出したわたしが、あの小舟の上で日射病に冒されながら譫妄した夢に過ぎぬという可能性もありうるのではないかと。しかしそんな問いかけの中へ逃げようとするたび、あの冒涜的な光景がくっきりと、答えであるかのように蘇えってくるのです。あいつらは、今この瞬間にもねちゃねちゃした海の底で這いずりのたうちまわっているのでしょう。太古に創られた石の偶像に祈りをあげ、海水を吸った花崗岩に自らの忌まわしき似姿を彫り込んでいるのでしょう。深い海について考えるたび、あの名状し難きやつらを想像して震えが止まらなくなるのです。そして予言のように、わたしは夢に見るのです、いつかあれの一族がうねる水面を突き破る日を。戦争に疲れた脆弱なる人類の生き残りを、あの屍臭を放つ鉤爪で一人残らず引き摺り沈めに来る日を。大変動の中で大地が沈み、暗き海の底が浮上する、そんな日のことを。

 さあ、そろそろ終わりにしましょう。音が聞こえてくるのです、ぬるぬるとした巨体が扉を突き破ろうとする、そんな音が。はやく、今のうちに自らの手で全て終わらせてやるのです。だが、おや、あれはなんだ?ああ神よ、あの手はいったいはなんなのですか?まどに!ほら、まどに!

 

 

底本: Joshi, J.S.[編]. (1999). The Call of Cthulhu and Other Weird Stories, Penguin Classics.

同書籍のJoshi氏による脚注も参考にさせていただきました。また、一部表現や訳については下記を参照させていただきました。いあいあ申し上げます。

 

自分が訳した部分に関しては、aboutに書いたとおり、使いたかったら好きにどうぞ。 著作権放棄しようと思ったけどそれはやめとけって知り合いに言われたので、放棄はしないですが、CCライセンスでは無いのでうちの名前を書いても書かなくてもいいです。連絡もどちらでもいいですが、貰えたら喜びます。その際はTwitterへでもお願いします。なんか、そのまま転載して販売とかそういうクソみたいなことしなかったら、なんでもしていいです。ムカついたら消去依頼するかもだけど、まあ、そのときはよろしくお願いします。

関係ないけど、頑張って訳したから大学入試免除とか無い?