21gのとしょかん

ながいながい遺書

言い訳Baby

人生に興味がなくとも、毎日はただ惰性で流されてゆく。夢や目標はゼロではないのだけども、そのために努力する気力も体力もなく、焦燥感を忘れるために眠剤代わりのテキーラを飲み込んで三度寝を始める。整うはずのない星辰が整うまで、クトゥハルはリライヤにてサウザの瓶片手に待っています。

 

大学を辞めたものの仕事も見つからないので別の大学を受験することにしたのだけど、受験を決めてから教科書は一度も開かぬまま。勉強すべき時間で過眠し、数少ない友達と会い酒を飲み、『Kingdom Come: Deliverance』という中世版スカイリムみたいなゲームに毎日を費やしてる。もう自分の大学受験から5年経つのに、しかもそのときにも失敗してるのに、国立旧帝大の文学部を旧カリの理系が勉強もせずに受かると思ってるのが自分でも笑えるくらい馬鹿らしい。一方で根拠の無い自信もある。

そういえば、テストの前日に何故か年末以上の大掃除を始めてしまうのは、点数が悪かったときに「片付けをしてたから」と自分に言い訳するためらしい。今日も自分が何もせず時間がすぎるのをぼんやりと待っているのは、死後ペテロに怒られたときのための用意なのかもしれない。

 

天国。天国があるなんて信じられない。「希望」という愚かでnaiveな夢。友情や愛情という幻想。今日すれ違った無数の浴衣姿カップルは1割を残して別れるというのに、電車の中にいる夫婦の30%が離婚するというのに、永遠の愛だの赤い糸だの、くだらなくない?どうせ終わる関係なのに、裏切りや倦怠は石版に刻み込まれていると知っているのに、誰かが必要だとか、ずっと一緒にいたいだとか、馬鹿らしくない?或いはそう自己暗示を繰り返すのは、周りが皆結婚したとき孤独な自分を慰むための用意にすぎないのかもしれない。

 

ふと思い出した、中学からの友人が結婚を前提にお付き合いを始めたらしい、おめでとう。