21gのとしょかん

ながいながい遺書

幻肢痛

幻肢痛【名詞】

《英》phantom pain。病気や怪我等で失われた肉体の一部が、存在しないにもかかわらず痛むこと。肢端切断者の7割以上がこれを訴えるとされる。たいていの場合数週間で痛みは落ち着くが、患者によっては一生感じ続ける場合もある。切り落とした部位が大きいほど、痛みが増大するという報告がある。

 

大学を辞めると決めてから二週間、退学前提の休学届けを出してから一週間が経った。研究室の教授にも退学の意図は伏せたものの、「休学します」とは伝えた。

それなのに、今でも大学辞めたいな、行きたくないなと感じるときがある。辞めたはずなのに、「講義を休んでいる」という自責の念にふと駆られる。

 

存在しない腕の痛み。

最近似たような夢を毎夜見る。夢の中ではいつも高校によく似た「大学」にいて、なぜか教師は高校の先生で、周りは中高のクラスメートで。教室に人は少なく、いつも後ろのほうに座る。宿題をやってこなかった、教科書を忘れた、大抵はそんな理由で不安で、でも助けを求める相手もいなくて、こっそり教室を抜け出したいけれど数学のF先生がこっちを見ている。

たまに図書館にいることもある。学校の階段を上っていることもある。誰かを探していることが多いけれど、誰を探しているのか、そもそも何故探しているのかすら分からない。おかしいと自覚はしてるのに、それでも「探さなきゃ」とだけ思っている。

もうだいじょうぶだよ、なんて誰も言ってくれない。ただの夢だなんて、誰も教えてくれない。「もうだいじょうぶなの?」と聞ける相手すらいない。 

 

 

後悔。自己嫌悪。不安。恐怖。絶望。

過去十数年を、自分の人生の半分以上の選択を、切り捨てた。大学を続けられなかったのは「我慢」が足りなかったのかもしれない。「努力」が足りなかったのかもしれない。「もっと頑張る」べきだったのかもしれない。「この選択はきっとあなたという存在に深みをもたらす」だとか「無駄なものなんてないよ」だとか「まだ若いんだから」だとか、色々な『慰めの言葉』は聞き飽きるほど言われた。でも、どれも現実味のないふわふわとした希望や楽観主義的な感情論にしか聞こえない。

「あなたは自由でうらやましいけれど、あたしはあなたの言うところの『つまらない』人間になるの。レールの上を歩いて、確実に幸せになるの」。かつて実際に言われたのか、それともただの夢だったのか、もう思い出せない言葉。「そうですか、ぼくはあなたのほうがうらやましいですよ。ずっとうらやましかったです。」

 

幻肢痛。腕を切り落とせばもうそれでおわりだと思っていたのに、切り落としてからのほうが指先がひりひりと痛む。幻肢痛に痛み止めは効かない。