21gのとしょかん

ながいながい遺書

ネーベル展で好きだった絵

以前行った「オットー・ネーベル展」で好きだったもの、メモ失くす前に転記プラスα。6/24まで京都文化博物館でやってます。東の京都の方ではもっと前にやってたっぽい?調べてないので違うかも。

あくまでも半分個人用のメモとゆーことで、もしかしたら間違えてること書いてるかもしれないし、見当違いのこともあるかも。もっと別のメモもあるんだけど、そちらはこれ以上に個人的なので此処には載せないでおきます。

京文博はアスタルテ書房はじめとした古本屋さんも、錦市場も遠くないし、いいところよ。あと途中で見つけた『ギア』という劇場?ちょっと興味があった。

ネーベル以外

 シャガール『私と村』(c.1923;ポーラ美)

どっかで見たことあるぞ、と思ったら1911作製のオリジナルを再作製したものらしい。あとから元絵思い出したから、比較できなくて残念。

 

ギュラ・パップ『フロアーランプ』(1924;ミサワホーム)

ばかの子なので『2001年:宇宙の旅』に出てきそうだと思ったんだよね、全然違うんだけど。詳しくないのでほんとよくわからないけど、しきりにiPhoneとかMacのデザインのこととかが頭に浮かんだ。青く美しき宇宙ステーションの方は今調べたら「オリヴィエ・ムルグ(Olivier Mourgue)」という方のデザインでした。にしても、これ以外にも、ミサワホーム蔵のものはどれも好きだったな。バウハウス、名前は聞いたことあるけど、ちゃんと見たのは初めてかも。そいえばゴス界隈では伝説の「バウハウス」というバンドがあったな、ふと思い出した関係のない話。と思ったらこのバウハウスから名前とったバンドらしい。

 

クレー『恥辱』(1933;パウル・クレー・センター)
クレー『力学値のつりあい』(1935;宮城県美)
クレー『闘いの図式』(1939;個人,パウル・クレー・センター寄託)

クレーは以前あまり好きではないと思ったけど、今回はなんか好きだった。プレートに解釈が書いてあったんだけど、「は?腕ってどれ???」って言いながら見てた二人の中年のおばさんが面白かったし、勝手な解釈してるの聞いてて面白かった。「プレート逆になってても気づかないよねー(笑)」って言ってた、かわいい。逆に、後ろから回ってきたカップルが「あー、なるほどね」とか言っててうっとうしかったですけどまあどうでもいいですし、人のふり見てなんとやら。

 

カンディンスキー『複数のなかのひとつの像』(1939;ポーラ美)

カンディンスキーはもちろん『コンポジション』系もいいけれど、やっぱり晩年が好き。とにかく発色すごくて、ため息出た。正直「ネーベル展」はカンディンスキー目当てで入ったし、もうね、これが壁にかかってたときのあの感じ、ああ何も書けない。

 

ネーベル

ネーベル『山村』(1925;ベルン美)

うち、小学校の一年だけシュタイナースクールだったんだけど、あの頃によく見た絵を思い出した。素朴で暖かい色遣いで、実家の玄関に置いておきたい感じ。渦のように、四方の縁を地面として描くことで「上下左右どこからでも見れる」のも、家族とか地域とかのあたたかさとかむすびつきを象徴、と考えるのは思い違いなのかな。壁にかかってたけど、テーブルとかにぽん、って置いて見たいなあとは思った。ポストカード人気っぽくてちらっとミュージアムショップにいる間に数人買ってました。

 
ネーベル『アスコーナ・ロンコ』(1927,ベルン美)

マルクやシャガールの影響は明らかなんだけど(プレート読む前シャガールだと思った)、発色含めて色が本当に綺麗なんだよね。なんなんだろう。今ひとつ彼がアスコーナに持っていた感情がわからないのだけども、ただ綺麗な場所なんだろうなと感じる一方でどことなく不安感を感じる。「正しい」解釈なのかよくわかんない。空の色は、その綺麗さも含めて、ラブクラフト『宇宙からの色』を想像させた、というか今回のネーベル展、けっこうあの小説について考えること多かった。どんな色なんだろーね。

 
ネーベル『青い広間』(1930,41;オットー・ネーベル財)
ネーベル『高い壁龕』(1930,41-42;オットー・ネーベル財)
ネーベル『煉瓦の大聖堂』(1934,1947;オットー・ネーベル財)

『緑の隠遁所への門(1936)』と並べて、置いていました。色!!ネーベル、「色彩の魔術師」って二つ名をどこかで聞いたことあるけど、ほんとそれ。大型だったのもあるけど、とにかく迫力よ。この中でも『高い壁龕』は、ステンドグラスの美しさもあり、今回のネーベル展で一番好きだった作品かも。色彩のことばっかり言ってるけど、近くで見ると繊細で規則正しい細かなディテールが入ってる。これはほんと現物見れてよかった。決して「写実的」な訳では無い脱構築された風景なのに、ただただじっと見とれてその世界に迷い込みそうになる。名前を忘れたけど、かつて狭い礼拝堂とかでは見かけ以上の奥行きを見せるため「だまし絵」を壁に描いていたのを思い出した。技法名があった気がするけどわすれちゃった。

 

『建築的景観』コーナーは、まあクレーらのまねっこ、って感じたので大して興味もなく、というか「見方がわからな」かったと言えばいいのかもしれない。本当に本当に申し訳ないけれど、「あ、PCの壁紙にいいね、はい、次ー」となってしまって。架空の中東風な風景を描く『ムサルターヤ』シリーズも、やっぱり興味がなかったけど、いずれにせよどれも色遣いが。中東風と彼の描く暖色が特に合う気がした。

『「音楽的」作品』と題している展示もあったのだけど、評価される理由はわかるし、それぞれの美しさはある程度わかるのだけど、此処にそれぞれを文字で転記することに意味を感じないし、それに「音楽を描く」というテーマに以外興味を持てなかったという正直な感想。「わざわざ絵で音楽を描く意味が分からない」と言っていた小さい子がいて、すきーってなった。あとこのコーナーだったと思うけど一部撮影可だったのだけど、一組のカップルが絵の前で自撮りしていた以外誰も撮ってなかったのは、展示と関係なく面白かったです。

 

とか打ってる途中に、実はもっとちゃんとした画像付きのネーベル展の感想見つけたので、まあ正直行くか迷ってる人とかはこちら参考にした方が良いと思ったよ。

CZTのホームページ−オットー・ネーベル展 シャガール、カンディンスキー、クレーの時代