21gのとしょかん

ながいながい遺書

たとえばのはなし

たとえば。

崖の向こうにケーキがあって。ケーキまでは1本の橋があって。あなたはとってもとってもおなかがすいているから、早くなにか食べないと倒れそうだから、当然橋を渡り始める。すぐに「そういえば裸足だったな、ささくれが足に刺さって痛いな」と気づいたけれど、まあなんとかなると思ったんだよね。

 

でも、ならなかった。

あなたは今、橋の2/3くらい進んだところで蹲ってる。もう足が痛くて痛くてしかたない。最初の頃の傷が膿み始めていて、一歩進むたびにジュクジュクとした黄色い切り口に鋭い木屑が刺さる。痛い。でも、この程度の痛みでは死ねないのもわかってる。

ここまで来ると崖の向こうに見えていたケーキがよく見える。レモンケーキ。そこそこの大きさはあるから空腹はきっと満たされるけど、レモンケーキはあまり好きではない。というか嫌い。それに足が痛むのに、そこまではやっぱりまだ少し距離がある。でも、早くなにか食べないと苦しい。

橋の下を見ると川が流れている。飛び降りても安全な距離。川の中にはなにか食べられる魚とかがいるかもしれない。ケーキは手に入らないし実際に食べ物を見つけられるかはわからないけど、でも、川魚で数十年生きた人の話を昔聞いたことはある。

もしかしたら、とあなたは飢えと痛みでふわふわする頭で考えている。もしかしたら、ケーキは諦めて、食べ物が手に入るか不安定だけれどもうこれ以上足の痛くならない川へと飛び込む方が賢明かもしれない。でも、ここまでせっかく歩いたのに勿体無い、と脳の片隅で誰かが言っているのも聞こえる。ここまで歩いたのだから、もう2/3きたのだから。それに、好きではないケーキでも、大きいケーキが確実に食べられるんだよ?

きっと一緒に家を飛び出した友人たちは今頃自分たちのケーキを頬張っているか、それすら終わり、メレンゲをたてて新しいケーキをつくりはじめているのだろう。そういえばどこかから楽しそうな人の声も聞こえる気がする。取り残されている、とあなたは悔しがる。ずっと足が丈夫だと褒められてきたのに、「カップケーキなんてあなたには勿体無い、もっと大きなケーキ目指せるよ」と何十人にも言われて育って、あなたは正直ちょっとそれを真に受けたりしてたのに、今は低血糖で頭がぼんやりしてる。

このままではいけない。こんなことになるのなら、足が一切痛くないうちに川に飛び込んでいればよかった。あるいは、手に入るケーキはずっと小さかったけど、その分ずっと短いあっちの橋を渡ればよかった。でも残念。引き返すにはもう遠くまで来てしまった。

 

結局、あなたの選べる道は3つしかない:

a) 足の痛みを無視して進み、美味しくなさそうだけどしばらくは飢えることのない、レモンケーキを食べる

b) 飛び降りて、結局飢えてしまうかもしれないけど、足はもう痛まないし、頑張れば飢えずに済むかもしれない川に入る

c) 飢えるのは苦しいし、足は痛いから歩けないし、もう舌でも噛み切って死ぬ

 

ここまで選択肢を並べたところで、急にcが魅力的に見える。死ねば何も感じずに、何も悩まずに済む。みんなの同情すらをも、「頑張ったね」「そんなに思い悩んで馬鹿だね、おつかれさま」なんて言葉をも、もらえる。魅力的だよね。でも、試しに舌に歯をたててみると、予想以上の痛みに震える。わずかに広がる鉄の味に顔をしかめ、cを選ぶ勇気は自分にないとあなたは知る。そこで、川に飛び降りようとあなたは身を乗り出すけれど、やはりその選択をする勇気すら、「自由」を選ぶ勇気すら、あなたには無い。

だからあなたはaを選ぶしかない。だから歩き出そうとする。でも少し休んだのがむしろ災いして、痛みが悪化している気がする。他の選択肢を考慮してしまったから、益々レモンケーキに魅力を感じなくなってしまっている。だから立ち止まる。立ち止まって、また悩み始める。このまま悩んでいるうちに飢えて死ぬのが一番いいかもしれないと思いながら、それもそれで苦しいのだろうとあなたはため息をつく。

 

空を見る。童話ならここで虹や星空が手を振って応援してくれるのだろうか。あるいは巨大な鷲が崖の向こうへ連れて行ってくれるのだろうか。でも残念。これは現実だから。特段素敵なこともない、普通の晴れと曇りの間くらいの、どうでもいい空が広がっているだけ。

 

頭の中で、耳の尖った宇宙人が言う。

「論理的に考えれば、あなたが進める道はaしかありません。」

わかってるよね、あなただって馬鹿じゃないから。でも足が痛いんだもん。

「論理的に考えれば、それは甘えてるだけです。」

そうかもね。でも甘えてると自覚したところで、足はやっぱり痛いんだよ。

 

まあ、でも、これはたとえばの話だから。たとえばの話だから、あなたの足は痛くない。飢えも感じない。たとえばの話だから、あなたは大丈夫。きっと苺の乗ったあまいショートケーキを食べながら、これを読んでいられる。たとえばの話だから。大丈夫。

あなたは僕じゃないから。