21gのとしょかん

ながいながい遺書

『ナイアルラトホテプ』ーH.P.ラヴクラフト

"Nyarlathotep" by H. P. Lovecraft

 

途中まで。ゆっくり更新していく

 

ナイアルラト=ホテプ……またの名を、『這い寄る混沌』……もう此処には私以外いない……誰にも聞こえぬこの物語を、私は虚空へと伝えよう……

 

全ての始まりがいつなのか、正確には覚えていない。もう何ヶ月も前なのは確かだ。当時は張り詰めた空気が満ちており、長く続いた社会的および政治的な動乱のみでなく、怪奇かつ陰鬱たる暴力の恐怖が私たちを憂慮させていた。広く深く全てを包みこむその恐怖は、真夜中の悪夢にすら感じられぬほどのものであった。行き交う人々は憂慮を隠すことすらあたわぬ真っ青な顔で、聞いたことすら忘却の彼方に追いやりたくなるような警句や予言を囁き合っていた。辺りには恐ろしき天罰の予感が立ち籠め、一人になれば、星間の深淵より吹く風が我々を震わせた。季節ですら悪魔的な異変に支配され、終秋の暑さもずっと引く気配すら見せなかった。この世界が最早我らの知る神々の手に無いのだろうと、誰もが感じていた。世界だけで無くおそらくは全宇宙すらもが、未だ知らぬ邪神共の支配下へと落ちてしまったのだろうと。

 

このような時代のさなかに、ナイアルラト=ホテプはエジプトよりやって来たのだった。彼の正体を知るものは誰もいなかったが、古き王家の末裔であるという、ファラオの様な見た目の方であった。無意識に、ファラヒンたちはその姿を拝するやいなや跪いた。そんな私たちにナイアルラト=ホテプはこう語りかけたのだ、「我二千と七百余年の闇より目覚めり、また、此の星に非ざる場所より啓示を受けたり」と。

この地に現れた浅黒くて背の高いナイアルラト=ホテプは、どこか不吉な予感を漂わせつつ、物珍しい硝子や金属の機器を買い集めては組み合わせ、奇妙なる機械を製作し続けた。彼は科学に、特に電気学と心理学に精通しており、見世物を催しては自身の強大なる力を見せつけることもあった。見る者は皆、言葉も紡げぬほどの恐怖に逃げ出したが、それもまた、彼の名を広く知らしめることとなった。人々は互いにナイアルラト=ホテプを見けと薦め合っては震えあがったものだった。

ナイアルラト=ホテプが訪れた場所からは、安息が失われる。深夜になれば人々は悪夢に怯え、絶え間なく泣き叫び続けるようになるのだ。真夜中の悲鳴は社会問題と言えるまでに至り、議員たちは夜中の睡眠を禁止しようかとすら考え始めるほどだった。誰も眠らなければ、街々の悲鳴が月を思い病ませることも無いだろうから。蒼白い光で、橋の下に流れる緑色の水を、病める空に崩れゆく古城の尖塔を、哀れむように照らし続けてくれるのだろうから。

私の住むこの大きくて由緒正しき犯罪の街にも、ナイアルラト=ホテプは訪れた。あの日のことは、よく覚えている。友を通して、彼のぞくぞくするような魅力と蠱惑的な催しについて聞いていた私は、一刻も早く、この秘められた謎の奥をみたいと心を焦らしていた。我が友の言うところによれば、それは想像を絶するほどに恐ろしいと同時に、それと同じほど感動的であるらしい。暗室のなかでは、ナイアルラト=ホテプをおいては誰もが畏れ多くて口に出せぬ預言がスクリーンに映しだされる。彼の機械が放つ閃光は、これまで悪夢の中でしか存在しえなかったものを引きずりだす。私は、人々がこんな噂するのも耳にしていた。ナイアルラト=ホテプは、誰も見たことの無い情景を見せてくれるのだ、と。