21gのとしょかん

ながいながい遺書

脳漿のおいしい調理方法

NZに住んでいた頃、友達(当時はまだ『友達』というものを持っていた)の持っているジョーク集が大好きだった。紫色の表紙をした、そこそこ厚めの本だった。載っているジョークの大半は下らなくて、何回も読んだはずなのに、もう数個しか覚えていない。記憶に残った僅かなものの一つが、これ:

 

Q: おばかさんが壁に頭を何度もぶつけていたのはなぜでしょう?

A: ぶつけるのをやめると気持ちよかったから

(Why was the dweeb banging his head on a wall? Because it felt good when he stopped.)

 

ここ最近の生活。トイレで隠れて吐きながら1日を送り、記憶を半分失いながら家に帰って布団に倒れこむ。これを繰り返す平日と、暁どころか宵も覚えず眠る土日。そしてあるときふと限界に達し、倒れてそのまま数週間引き篭もると、「休みすぎ、早く体調治せ」とメールが来る。

 

Q: 酒飲みながら「死にたい」を連呼し、知り合いからLINE来るたび吐きそうになるおばかさんが、未だに生き続けていなきゃいけないのはなぜでしょう?

カウンセラー:「でもお休みのときに好きなことするのは楽しいでしょう?」

どっかの人:「人生苦しいことが99あるけど、1ある幸せのために頑張れるの!」

嘘付き。ほんとはみんな『生きるのをやめた時気持ちいいから』って思ってるんじゃないの?

 

今日も脳震盪を起こしながら壁に頭をぶつける。飛び散る脳漿は口に入り流れる血は目を霞ませる。もう辞めたいと思うのにまだ生き続ける理由を悩む。

そういえばマラソン好きの知り合いに、走ってなにが楽しいのと尋ねたことがある。曰く「途中は苦痛でしかないけど、終わった後がめっちゃ気持ちいい。」よくわかんない。じゃあ走るの辞めて帰ろうよ、もう。