21gのとしょかん

ながいながい遺書

嘔吐と黒寝子

疲れて倒れ込むように寝るとき、脳は気絶よりも死に近い状態にあるらしい

その意味はよくわからないけど、最近眠るときはだいたいそんな感じ

シンデレラもとうに隠れた頃に帰宅して、ふらふらとベッドに倒れ込む。

ipadの鳴らす騒音に蘇生されれば朝の7時半

休日は赤いカラスの鳴くまで死体のまま

明日さえ来なければいいのに

 

最近、日中何処にいるのかわからなくなる

実験してたのに、気づけばトイレでまた吐いている

食事もあまりとれないから、戻すのは胃液の混じった唾のみだけど。

そして霞む目でうがいをしながら、何をしていたのかを推理してみる

鏡に映る自分を見つければ、まだ存在してるんだと焦りのような安堵を覚える。

部屋に戻れば素知らぬ顔で人と話す。

あくびは勿論噛み殺す

 

一日の大半は此処にいない

こっちが夢なのか、あっちが夢なのか

それともどっちも現実なの?

寝ている=死んでいる間は自己の存在を疑うことはない

やりたいことにも挑戦できる

「死んでいる」方が自分らしく生きられる

死んでいる方が長い日も多い。

 

なんでみんな安易に「死ぬな」なんていうんだろう

僕はすでに殆ど死んでるのに

もうとっくに死んでるのに

でもみな僕は生きているという

こっちが現実で、確かにここに生きていることを疑わないでいる

ならばやっぱりこっちが現実なんだろうか

自分はまだ死んでいないのだろうか

生きている自覚も失い、枠に合うように自己を構成するすべてを殺して、緩やかに肉体を殺し続けることが「生」なのだろうか

それになんか意味があるんだろーか

 

猫は一日の七割近くを寝ているらしい

猫にとって現実はどっちなんだろうか

猫は生きているんだろうか

ローソンの前で眠る黒猫に聞いてみるけど、あの子は今も死体のままで、僕の声など聞こえてすらいないのです