21gのとしょかん

ながいながい遺書

自傷(アームカット)のはなし。

※タイトル通り自傷癖の話です。画像、リンク等は排してる。切ることを勧めるつもりも批判否定するつもりもない。自殺を推奨するつもりも、当然ない。ただ自分の自傷行為について書きたかったし、その過程でできればちゃんと向き合いたかっただけ。

 

※なんかずっとアクセス多いので、2018/11/02に少し加筆しました。

 

 

「始めは、猫の引っ掻き傷と大して変わらなかった。」

もうネットの海に沈んで行ったあのホームページは、こんな一文から始まっていた。HTML手打ちホームページとブログの過渡期によくあった、白い背景の日記系ホームページ。その数行からなる最初のエントリーには、薄っすらと赤い線の走る手首の写真が添えられていた。

そこへどうやって13歳の自分がたどり着いたのかは、もう覚えていない。サイトの名前も管理人も、今となってはわからない。しかし、それは「リストカット」という単語すら知らなかった自分にとって決定的な出会いだった。少なくとも、腕いっぱいに消えない傷が残るくらいには自分を変えてしまった。

 

「猫の引っ掻き傷」から始まったそのホームページは、初めのうちは嫌に明るい日記と血の滲む程度の傷で進んだ。今日も切っちゃいました(*ノω・*)テヘだとか、血が綺麗だの美味しいだの格子模様は可愛いだのとか、そんな記述に半ば呆れながらでもどこか惹かれながらページをスクロールしていくと、ある日を境に雰囲気は突如暗転、傷の浅いことを自嘲しながら希死念慮と自殺願望を支離滅裂な文体で叫びながらそれまでの丁寧な赤色のパターンを破壊するかのように乱雑で深い傷が載せられるようになった。一時は自傷を辞めたいという文とともに軽微な傷跡のみを見せるようになったものの、すぐにまた日常の不満を理由に深く切り始めるようになり、ピントのズレた真っ赤な写真と誤字だらけの日記がふたつみっつ続いたと思えば、ふいに、更新が完全に止まった。

13歳の僕は急いでウィンドウを消し、横で流していた「ゆっくり実況」で笑おうとするが、脳裏にチラつく赤はうるさかった。

 

数日経ってから興味に負けて、一度だけ母親の顔剃り用カミソリを拝借して真似てみた。手首は目立ちすぎるしなんだか怖かったので腕に刃を走らせたが、血すら滲むか否かといった程度の傷をつくってみたところで痛みと若干の嫌悪感以外生まれず、すぐに興味を失った。或いは、なんとなく「間違えた行為」であると感じていたから、興味を失おうと努力したのかもしれない。いずれにせよ、はじめての「自傷」は猫の引っ掻き傷以下のそれと少しばかりの嫌な記憶で終わり、やがて傷は癒え、記憶すらもがどこかへ埋められた。それで全部終わりだったら、と今でも思うときがある。

 

 

それから2年ほど後。当時好きだった人と一悶着あったり部活でも先輩と大喧嘩して退部したり過眠が悪化したりとで色々と参ってた僕は、あのホームページのことをふと思い出した。そのまま探す気があるような無いよなでネットの海を彷徨っているうちに、半ば偶然、また辿り着いてしまった。記事を一から読みなおしながら、何か「答え」を見つけた気がした。

再び母のカミソリを拝借して腕を切った。やっぱり夢に見ていた解放感などは無かったが、今回は以前と違い嫌悪感は感じなかった。

数日後、薬局から盗んだ貝印を鍵付きの机に隠して僕は「自傷ごっこ」を始めた。それは未知のものをイミテートすることで自己ではない存在になり切ろうとする現実逃避的ロールプレイだったのかもしれない。それともただの厨ニ病的な「憧れ」だったのかもしれない。ただの「興味」の延長だったのかもしれない。

昔のホームページを覚えている人はわかると思うが、検索で出てきたサブページからトップを探すのが難しいサイトも少なくなかった。あのページもその例にもれなかったが、トップページを何とか見つけ、そこにある「リスカ同盟」だかのバナーをクリックした。登録されていたサイトは当時の段階で大半が消失、運が良くて更新停止といった状態であったものの、片っ端からクリックしているうちに数個だけ生きているものを見つけた。正直半分は「グロ画像」目当てだったのだとは思う。それでも、彼らの日記に書かれる苦悩や思いには共感できるものも少なくなかったし、自身が切る代わりに画像を通して奇妙な安らぎを覚えることも多かった。

そのうち、一人の管理人とメル友になった。本や映画の話だとか、好きな人の話だとか、つまらない愚痴だとか。それは自分にとって一種のカウンセリングとなったが、同時に自身の「自傷ごっこ」を正当化する証拠ともなった。

 

とびっきり嫌な時にする「特別な行為」だったはずの僕の自傷ごっこは、数ヶ月に一から月一へ、週一へ、やがて一日に数回と、徐々にその頻度を上げていった。好きな人と予定が合わないと切り、好きな本が売り切れてたと切り、宿題が多いからと切る。大抵の場合、自傷は攻撃的な行為というよりも一種の「リラックス」だった。切っている間は、何も考えなくてすむ。ただ痛みと、その後にある止血や洗浄に専念すれば良い。Serenityという言葉がちょうどぴったりな気がする。

大抵傷は浅かったが、何十回もバーコードのように腕を傷つけることが多かった(アームカット、アムカ)。手首は切らなかった(リステカット、リスカ)。出血自体が目的なわけでもなかったし、隠しやすい腕の方が向いていた。切ったあとは、腕の血が服につかないように、初めは絆創膏を何枚も貼っていたが、高いし小さすぎるのでガーゼがわりのティッシュをセロテープやガムテープで固定することにした。そのうち面倒になったし多少血がついてもいいかと思い始め、ティッシュで軽く拭いた後に直接ガムテープを貼るようになった。テープが無くて瞬間接着剤で止血したこともある。テープが剥がれたりして、たまに翌日にじみ出た。「血出てるよ」とクラスメートに指摘され、何度かトイレで直したのを覚えている。切る以外にも、ライターで熱したスプーンで腕を焼くこともあった。軽石や紙やすりで血が出るまで腕を削ったこともある。好きだった子が手の甲を切ってたのも、悪化を加速させた。

一応、制服が半袖の期間はあまり切らないでいる程度の自尊心と自制心はあったものの、冬季期間に量産した傷跡は当然夏にも残っていた。ケロイド状のそれらを見られては「自転車で転んだ」「スキューバ中にサンゴで引っ掻いた」だのと言った。「熊に襲われた」と冗談まじりではぐらかしたこともある。「腕がフランスパン」と言われたこともあった。最初は「美味しそうでしょ」なんて応えていたものの、そのうち飽きてやめた。

勿論「自分で切った」とは一度も言わなかった。

 

高2のいつだったか、自傷が親にバレた。増える腕の傷や服についてる血から、暫く前より薄々気づいていたのだろうけど、あるとき泣きながら怒られた。カミソリはもちろん、当時自傷用には使っていなかったバタフライナイフ等色々捨てられ、「病院連れて行くぞ」なんて嚇されたり(?)した。今となれば、その頃からちゃんと病院行けてたらまだマシだったんだろうかと思うことはある。当然のように、自傷は特にやめることもなく、隠れて切るようになっただけ。

このときの親の「対処方法」が最善だったとは全く思わないけれど、当時に親を責めるつもりは毛頭ない。両親には心配をかけたし、少なくとも自傷を気づかせたこと自体に対しては本当に申し訳ないとは思っている。

両親は今でもこの「自傷事件」を無かったことにしている。それも良いことなのか悪いことなのかわからないけれど、だから逆に自分も精神的になにがあっても絶対に親に相談したくないし、出来ない。親に限らず、かな。人に相談すれば同じようなことになると感じてる。

 

 

高3の終わり、受験期。滑り止めで受けた某A医大入試の一部としてあった身体検査(あの大学は通常の筆記試験と面接小論以外に身体検査があった)で、「君、その傷じゃあうちのとこには入れないよ」と苦笑する担当者に言われた。同室にいた数人の医学生たちがチラチラと腕を見てきたのを覚えている。筆記試験はほぼ満点だったはずだし面接小論も問題なかったので、身体以外に不合格だった理由が考えられない。これを「差別」だとか文句垂れるつもりはない。当時は相当イライラしたけど、でも、自分で切ったんだもん。ただ、あの日以降、外で半袖を着たことがない。

そういえばツイッターの「メンヘラ界隈」と交流を持つようになったのもこの頃だろうか。メのつく神さまがまだご存命だった時代。相互だった。

 

結局、大学受験は失敗した。浪人生となった僕は予備校に入り、寮での生活を始めたが、結局合計数回しか登校できなかったばかりか大抵は部屋の外にも出られなかった。ツイッターと酒に風邪薬濫用が全ての毎日だった。常にTLを流れる自傷画像は自身の自傷癖を悪化させた。自分も切るたびに裏垢でアムカ画像を載せては、誰かの「死ぬ死ぬ詐欺」とファボ数を競って一喜一憂した。

カミソリからデザイナーズナイフに持ち替えた僕は、当時よく瀉血について考えていた。「嫌な血」を抜けば「綺麗で健康な自分」になれるのではないかなんて。自傷はもう自己を罰するためでも八つ当たりをするためでもなく、少しでも嫌なことがあったらする「おまじない」だった。心身の浄化効果は多分なかっただろうけど、ファボとフォロワー数という形で精神安定に多少は繋がったのだから、そこそこ「良い」おまじないだったのかもしれない。その「おまじない」すらやがて形骸化し、特に意味もなくするただの「手遊び」や「癖」になったのだけども。

 

 

初めて切ってから10年以上経つが、今は殆どアムカなんてしなくなった。やめる努力を特段としたわけでもないし、きっかけらしいきっかけがあったわけでもない、ただ自然と。強いて言うなら、大学入って付き合い始めた恋人に生傷を見せたく無かったのはあるかもしれない。酒や煙草と言った合法的な自傷ができるようになったからかもしれない。あの後ツイッターも色々あり「界隈」と縁を切ったから、見せる相手もいない以上自尊心が満たされることもない。半袖を着れないのが悔しいからかもしれない。残念ながら0ではないけれど、毎日何度も切っていた時期とは違うと思いたい。

一方で最近は傷跡のデメリットばかりが目立つ。一般生活でジロジロ傷痕見られているような気がする。「メンヘラ」とレッテル張りされるのが怖い。だから必死になって隠してる。居酒屋でバイトしたかったのに、制服で断念した。半袖で歩く人たちを羨ましいと思いながら、真夏でもカーディガンを羽織る。注射や採血時ですら「左利きなので」なんて嘘をつきながら右腕を捲っている。海やプールに誘われても行けないし、恋人にすら左腕を触ってほしくない。酒を飲めばさらに酷く、傷跡は真っ赤に目立ち、痒くなる時もある。腕を隠す正当な理由が欲しいという理由だけで、タトゥーを入れようかと悩むこともしばしば。傷は自分の一部とある程度受け入れてはいるが、いつか手術して消したいとも思っている。

そんなわけだから、「自分の身体なんだから好きに切っていいでしょ!」といった論調には、あまり同意できない。傷跡は高い金払って消さなければ、一生残る。かと言って「何があってもしちゃダメ!」も勿論同意はしない。よく、(広義の)精神病と自傷の関係を風邪と咳に例えるのだけども、いくら「咳」を抑えても「風邪」は治らないし、変に「咳」を我慢したら、肺炎になることだってある。「咳」を止めるには「風邪」を治すしかない。でも、しなくてもいい「咳」は喉痛めるだけ。避けれる「咳」なら避けたいし、酷くなってきたらのど飴舐めてみるのも悪くないよね。自分は「切りたくなったら手首に赤いボールペンで線を書く」だの「青いブレスレット運動」だのはあまり効果も興味も感じなかったけど、「のど飴」のつもりで試してみるのは悪いことではないと思う。

「ファッション」として見せるための自傷は、自傷行為自体に苦悩したし傷痕で今も苦労してるから肯定的には見れないけれど、それぞれの理由や事情があるよね。そういうコミュニティがあるのも知ってるし、仲間としてのシンボルであることがあるのも知ってる。それに、タトゥーやピアスと、ボディスティッチや好きな人のイニシャルを傷で書くのとの違いは?スカリフィケーションは?とか言われちゃうと、結局は社会にどこまで認められてるかだけで本質的には一緒かもね、と否定できない。そういえばうちも恋人と一緒に腕切りあったこととかあったわ、それは関係性の象徴をつくる行為であったし、お互いへ「メンヘラ」や「じしょらー」という仲間であることを示す行動でもあった。ただ、どういう目的でつくった傷だろうと傷跡があれば、界隈からあがってようと病気が寛解してようと、その傷跡ゆえに偏見の目で見られる日はいずれ来る。そのことを忘れるべきでないと自分は思う。

一部重なるけど、SNSに画像を上げることやそのために切ることについても、自分の自傷は一部それに始まり悪化したわけだからあまり賛成はしない。それでも、自分だって載せるために切ったことは一度や二度じゃないし、そういった行為を通して知り合った人に助けられたこともある。だから、ファッションメンヘラだのかまってちゃんだの言われようと、する意味もしたくなる気持ちもすごくわかる。強く批判はできないし、Twitterやインスタで「#メンヘラ」や「病み垢さんと云々」とタグ羅列する人を馬鹿にする側にはいられない。部外者には笑われるだろうけど、傷の深さやケロイドの多さ、飲んだ風邪薬の錠数、自殺未遂の回数や派手さ、そんなので直接的にせよ間接的にせよ優劣が決まる「社会」は実際に存在するし、その「社会」にしか自分の居場所を見つけられない時もある。ただ個人的に、もうこれ以上「被害者」を積極的に増やしたくはないから自傷画像のRTやふぁぼはあまりしないし、今後再び腕を切ったりすることがあっても画像は載せないと勝手に決めてはいる。そして、カミソリを手にしかけるたび、「自分で切った以上、自分でその傷を見られて偏見を持たれても、受け入れなきゃいけない」と思うようにはしている。

 

 

「周りで自傷している人がいたらどうすればいいか」で調べて来る人もいるみたいなので、ちょっと追記。人によって違うと思うから、あくまでうちがして欲しかったことを。

まず、自傷は自慰のようにプライベートな行為だから、やたらめったに人に言わないで欲しい。気づいても秘密にして。人前で傷や自傷行為に言及しないで。というか、そもそも話題にしないで。

話題にする、にはいろいろ種類があるけれど、例えば変に止めようとかしないで欲しい。親から貰った体云々と語ったりしないで欲しい。リスカを一番辞めたいのはリストカッター本人だし、一番嫌悪してるのも切ってる人。カッター取り上げたりSNS監視とかしても隠れてするだけ。「リスカ友達」だって数少ない友達なんだから、批判したり否定したりしないで。上に書いた通り、自傷は「咳」のようなもので、それを無理やり押さえ込んでも「風邪」は治らないし、「咳」をしたい気持ちは無くならない。隠れてするようになるだけ。その「咳」を秘密にしようとすほど、自分と相手との溝は深められていく。

はっきり言って、リスカで死ぬことは殆ど無い、それは切る側も十分に理解してる。勿論南条あやのような例外はいるけれど、「自殺企図」と日常的な「自傷行為」は少なくとも自分は区別してた。だから「死のうとしてる!」なんて焦って止めなくても大丈夫だから、そっとしておいて。

逆も同じ。綺麗な手腕のまま「わかるよ」なんて言われても「なにがわかるの?」としか思えない。正直な話、自傷癖があった人間しか自傷癖のある人間を理解できない、あるいは自傷してた人以外に理解して欲しくない、今でもそう思ってる。

知っている人の身体に切り傷が増えていくのは、みてて辛いと思う。でも、みてるだけで辛いその行為をしなければいけない状況であることは理解して欲しかった。切らずに生きていける人が憎らしかったし、羨ましかった。どんな友達でも、傷に触れられた瞬間、そこにいるのは「傷のある人」と「無い人」になった。

だから、傷は見なかったことにして欲しい。言及しないで欲しい。相談されるまでは、「心配してる」とも言わないで欲しい。転んだのかな、くらいの接し方でいい。この記事を読んだことすら秘密にして欲しい。

代わりに、一緒に遊んで欲しい。一緒に喋って欲しい。好きなCDとか映画のDVDとか貸して欲しい。どうでもいいLINEを飛ばして欲しいし、今週末買い物付き合って、とか誘って欲しい。冷たく「面倒」とか返されても、返事すらなくても、ドタキャンされても、追い詰められてるんだと理解して欲しい。出来る範囲でいいから、そばにいて欲しい。そばにいていいと教えて欲しい。「友達」でいて欲しい。

 

病院やカウンセリング勧めるのは、自分は「行かなきゃ」と自覚があったから他人に言われたくはなかった。まあ、相手が元気そうなときに、マックでハンバーガーでも食べながら、軽く「行ってみたらー?」と振ってみてもいいかもしれないけど、今は行きたく無いと言われたら追及しないで欲しいし、命令は絶対にやめて欲しい。「自分は病気じゃなくて云々」とか言い始めたら聞き流しておけばいいけれど、「カウンセリングは悪いこと」だとか思ってるそぶりをみせたらやんわり否定してもいいかな。そのくらい。ついでに、自分語りとか「おばあちゃんもカウンセリング受けてる」とかは、純粋に興味無いから聞きたくない。

 

して欲しかったことをまとめると、「傷がある理由をわかってほしい、その上で傷の存在など知らぬ様に、友達として遊んでほしい」。これがわがままなのもわかってる。増えゆく傷を見るのが不快なのも、周りまで不幸にするのもわかってる。

だから、耐えられないなら、離れても大丈夫。どうしても必要なら、自傷してる知り合いと仲が良く、信用できる人に内緒で相談してみてもいいかもしれない。

自分が辛くなったら即座に離れろ。二人で腕切っててもなんの意味もないし。

 

 

最後に、自傷跡をみて「気持ち悪い」と思うことも、否定はしない。ただ、その「気持ち悪い」ものをわざわざつくる行為をしていた理由を、そこに至るまでの心情を、考えた上で「気持ち悪い」と発言して欲しいぽよよ。

 

 

昨日腕を怪我した際に流れる血を見て、ふと色々思い出して書いた。

当時自分が見てたブログの人たち、今は元気だといいなあ。自分は、まあ、まだ死んでは無いよ。