21gのとしょかん

ながいながい遺書

宇宙人に誘拐された話2、或いはニュージーランドにいた頃について

宇宙人に誘拐された話1、或いはオーストラリアにいた頃について

 

ジラン星の施設に届いた僕は、段ボール箱から出されて早々、何か聞かれた。よく聞き取れなかった僕は首をかしげると、やはり早口で、再度質問された。再びわからないと伝えたが、同じことが繰り返されただけだったので、とりあえず頷いた。すると、数人のジラン星人とともに、大きなキノコの林へと連れて行かれた。びくびくする僕を、彼らは倒れたキノコの柄に座らせた。そして数人のジラン星人が、木の実をくれ、僕たちは一緒にそれを食べた。それが僕の覚えている、ジラン星の最初の記憶。

ちなみにその次の記憶は施設に戻ってから何かを書かされた、なのだけれど、何を書いてほしいのかわからなかったし、そもそも文章なんて書けなかったから、罫線を無視して枠内にキノコを描いた。怒られたけど、やっぱり早口で、よくわからなかった。ジラン星人は早口なのだ。

もしかしたら自己紹介でも書いてほしかったのかもしれない。

 

ジラン星は、ストラ星からそれほど遠くなく、それゆえ幸い文化も言葉も大きくは変わらなかった。もっとも、ストラ星の文化や言葉に大して慣れていたわけでもないのだけれど、それでも、ゼロから始めるよりはマシだった。

今度の施設には優しい人が多かった。過激派たちも多少はいたが、ストラ星よりは圧倒的に少なかった。また、ストラ星から逃げてきた人や、自分のように送られた人も少なくなかった。肌も自然な銀色から、金や緑などはもちろんのこと、地球人に近い色のジラン星人もいた。残念ながらあの黒いジャムはここでも人気だったけど、それでも無理矢理食べさせられることは無くなった。

施設には、元誘拐被害者も数人いた。その中に、とても優しくしてくれる子が一人いた。数年間火星に誘拐されていたが、少し前にジラン星に帰ってきたらしい。早口が多いジラン星人たちだったが、彼女だけはゆっくりと喋ってくれた。

「火星時代、会話が聞き取れなくて困ったんだよね。」

彼女は火星やジラン星について、色々と話してくれた。とりわけ、彼女は蛇が大好きだった。一緒に歩いていると、よく彼女は空を見上げては飛んでいる蛇の名前を教えてくれた。火星にいた頃、唯一手元にあったジラン語の本が蛇の図鑑で、それを繰り返し読んでるうちに名前を覚えたらしい。そして、火星では友達がいなかったから本をずっと読んでいた、とも言っていた。だから君も本を読めばいいんだよ、とジラン語の本を渡してきたこともあった。

気が合った僕たちは、すぐに親友になった。彼女が勧めてくれた本が面白かったため、僕は施設の図書館にもよく行くようになった。そこで見つけた本を彼女に勧め返すと、彼女は喜び、感想を言ってくれた。自分たちで数ページほどの短編小説を書いては交換し合ったりもした。

彼女の書く小説には、よく巨大な蛇が出てきた。空の何処かに大きな大きな蛇がいて、おなかがすくとジラン星を襲うんだ、と言った。そいつがいつ襲うかはわからない。それに、そいつはとっても強いから、その攻撃がいつ起こるかわかっても、絶対に防ぎ得ない。でも、いつか絶対襲うんだ、と言った。襲い、何人か食い殺して満足すると、空へ戻って再びおなかがすくのを待つんだ、と言った。

「でも、絶対やっつけられないんでしょ、じゃあ、どうしたらいいの?」

そう聞くと、彼女は、どうしようもない、と答えた。

「どうしようもないよ。どうしようもないから、気にしたら負けなの。」

それでも、みんな気にしちゃうんだけどね、と笑った。

 

彼女との交流もあり、やがて僕にとってジラン語の方が地球語よりも楽になった。同じ地球人同士でもジラン語で話す方が普通になった。そのうち、カタコトの地球語しか喋れなくなった。僕はもう自分を地球人だとはあまり思えなかった。

だから、ジラン星に着いて三年目のある日、突然「地球に帰りたいとは思わないの?」と親友に聞かれたとき、僕は首を振った。

「僕はもう地球人じゃないから。」

「そっか、君はもうジラン星人だもんね。」

「もう地球のことなんてあんまり覚えてないしね。まあ、本物のジラン星人と違って、僕は手首にバーコードが無いけど。」

彼女たちジラン星人は、市民番号を示すバーコードが手首に貼られていた。当然、非ジラン星人である僕にはそれが無い。

「確かに。」

そして、彼女は鞄からペンを出すと、僕の手首に数本の黒い線を引き、笑った。

「でも、これで、今日から君も立派なジラン星人だよ。」

この日分けてくれた黒ジャムの味がするジュースを、僕は初めて「美味しいかもしれない」と思った。

 

その夜、施設の庭に宇宙船が降りてきた。中から出てきたおじさんは、地球政府の役人だと僕に告げた。真っ黒なスーツを着ていた。そして、

「君は今から地球に帰るんだよ。」

「でも、僕の肌は銀色じゃないけど、ジラン語もしゃべれるし、あの黒いジャムも少しは好き、だから僕はジラン星人だよ。僕は地球人じゃないよ。だから地球には行けないよ。」

すると、おじさんはちょっと困った顔をした。

「でも、君はジラン星人じゃないよ。君の肌をみてごらん、銀色じゃないから君はジラン星人じゃないよ。君の目をみてごらん、紫じゃないから君はジラン星人じゃないよ。君の血をみてごらん、青色じゃないから君はジラン星人じゃないよ。君はジラン星人じゃないよ。ジラン星人にはなれないんだよ。君はジラン星人になれないから地球人に戻るしかないんだよ。だから地球人に戻るんだよ、だから地球に帰るんだよ。」

「でも僕は手首にバーコードもある、だから僕はジラン星人だよ。僕は地球人じゃないよ、だから地球には行けないよ。」

すると、おじさんは僕の手首のバーコードをアルコールティッシュで丁寧に消した。

「これで君はジラン星人じゃなくなったよ。地球人に戻ったよ。だから地球に帰るんだよ。」

そして、おじさんは僕を細長い宇宙船へと無理やり押し込むと、遠い遠い銀河にある地球へと誘拐した。